PRODUCER
武中 志門
SIMON TAKENAKA
1994年 大阪府出身
2017年 日本映画大学卒業
2017年 太陽企画入社
1994年 大阪府出身
2017年 日本映画大学卒業
2017年 太陽企画入社

- プロデューサーという、職業を選んだ理由は?
-
映像制作は一人じゃできなくて、みんなで “面白い” を生み出せるから。
僕の夢は、今も昔も映画プロデューサーで大学卒業後は
すぐに映画の現場へ!と考えていましたが、
映画漬けになる前に広告映像の現場も経験したい!と、
大学在学中にTBWA\HAKUHODOへのインターンへ参加しました。
そこで出会った方から「お前は太陽企画が合っている!」と言われたことが
きっかけで僕は太陽企画で映画プロデューサーになるため走り続けています。
- プロデューサーに向いてるな、と思う瞬間は?
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人が好きなので、人とコミュニケーションを取っている時。
そして、何が起きても、だいたいポジティブに考えられること。
何だって面白がりたいし、面白がろうと思えば、大抵のことは面白くなる。
「どうしよう?」じゃなくて「じゃあどうする」と考えることがモットー。
僕が「大丈夫だ」と思えることはすべてうまくいくと
根拠のない自信に溢れているところも、この仕事向きだと感じます。
自分は生まれながらのラッキーボーイだと信じています(笑)。
- その自分を形作ったと思われる原体験は?
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クラシックバレエとバナナマン。
3歳の頃に始めたクラシックバレエは一発勝負の世界で、
自分のベストを舞台上で魅せる度胸と、自分自身が面白がってやるからこそ
伝わる熱量や感動があるということを教えてくれました。
バナナマンは、ずっと続けていたクラシックバレエと距離ができ始めたときに
自分が何をしたいのかわからなくなって、バナナマンのコントばっかり見ていたら
面白いものをゼロから作り出すのって素敵だ!と教えてくれて、
僕にものづくりの楽しさと、映画を作るというかけがえのない夢をくれました。
- 思い入れのある作品は?
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サムライマック「新年を迎えるサムライたちへ」篇。
CMのPMとして一人前になれたと自負することの出来た作品でした。
メインチーフとして仕事の規模感も申し分なく、
アガリに対して自分が貢献できたと自信を持てたことが一番の理由です。
この作品でJAC AWARDのグランプリを獲ったことも、
自分の中で次の挑戦に進む大きなきっかけになりました。
- 今後の抱負をお願いします。
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日々の経験や出会いのすべてが僕を作ってくれるので、
それを全部糧にして、自分の挑戦に活かしていきたいです!
みんなに認めてもらえるように、常にしっかりとした道筋を考え、
自分もみんなもワクワクする選択ができるよう、動いていきたいです。
そして、映画をつくる。
太陽初の映画プロデューサーとして、僕は名をあげていきます。
以後お見知り置きを。面白いこと、やりましょう。


WORKS
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DMM TV オリジナル
『Naokiman HORROR SHOW』
ABEMAオリジナル連続ドラマ
『わかっていても』
※演出部として参加
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